「栄養失調」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持ちますか? もしかすると、今、あなたの頭の中に浮かんでいるのは、食べ物が食べられず、ガリガリにやせている人の姿でしょうか。 「失調」とは、「調和を失うこと。調子が狂うこと。」(『広辞苑 第六版』(岩波書店刊)より)。 「栄養失調」とは、バランスよく栄養がとれていない状態のことだといえます。ひいては、それによって心身に何らかの不調が生じてしまうことです。 生活習慣病につながりかねない「新型栄養失調」。食べ物が豊富にある現代の日本において、それが今、大きな問題となりつつあります。 今回はそんな「新型栄養失調」について考えてみたいと思います。
「栄養失調」は身近なキケンです
日本におけるひと昔前の「栄養失調」は、食料不足など食べられないことが原因で栄養不足になり、やせ衰えていってしまうことを指すものでした。 しかし、現代のそれは「新型栄養失調」と呼ばれ、かなり様子が違っています。 ある栄養素はしっかりとれているのに、他の栄養素が足りない状態となり、健康を損ねてしまうというものです。 無理なダイエットで極端な食事制限をしている。 しっかり食べているようにみえて、同じようなものばかりを食べてしまう。 高カロリーのものばかりを好んで食べる…。 こういう食べ方を続けていれば、栄養が偏ってしまうことは想像に難くないですよね。 痩せている、ぽっちゃりしているといった体型とはまったく関係なく、「新型栄養失調」は誰もが等しくなる可能性が高い、いえ、既になっているかもしれないものなのです。
~ こんな不調、心あたりありませんか? ~
「新型栄養失調」気になる不調のチェック項目
- 太りやすい・痩せにくい
- 肌の状態がよくない(乾燥、炎症を起こしやすい・治りにくいなど)
- 免疫力の低下・基礎代謝の低下
- 貧血・めまい
- 骨折しやすい・骨粗鬆症
- 風邪などの感染症にかかりやすい・治りにくい
- 元気が出ない・だるい
- 疲れやすい
- 冷え性
- 集中力・注意力の低下
その不調、ある栄養素の不足が原因かも
では具体的に、何の栄養素が不足すると、どのようなカラダの不調が生じるのでしょうか。 現代日本人の食生活において、とくに不足しがちだとされている栄養素をとり上げて見てみましょう。
ビタミン類
ビタミン類には、脂に溶ける「脂溶性ビタミン」4種と水に溶ける「水溶性ビタミン」9種があります。 それぞれ、人のカラダやエネルギーをつくる三大栄養素「糖質」「脂質」「たんぱく質」の働きがスムーズになるよう、サポートをする役目を担っています。
【ビタミンA】
脂溶性のビタミン。皮膚や粘膜、目の健康維持のために必要なもので、キッズ・ジュニア世代の成長にも深く関わっている栄養素です。 不足すると、「視覚障害が生じる」「肌の状態が悪くなる」「風邪などの感染症にかかりやすくなる」「免疫力が低下する」などの不調につながります。
【ビタミンB群】
水溶性のビタミン。私たちが生きるためのエネルギーをつくる際に欠くことのできない栄養素で、ビタミンB1、B2をはじめとする8種類からなるものです。 それぞれ異なる役割をもっていますが、お互いが助け合うことで力を発揮するものなので、まとめて「ビタミンB群」と呼ばれています。 不足すると、「疲れやすい」「太りやすい」「風邪などの感染症にかかりやすい」「集中力の低下」「肌の調子がよくない」などの不調につながります。
【ビタミンC】
水溶性のビタミンで、コラーゲン生成に欠かせない栄養素。免疫力を高めたり、鉄分の吸収を促進したりする役割があります。 不足すると、「血管がもろくなる」「貧血になる」「風邪などの感染症にかかりやすい」「骨がもろくなる」「疲れやすい」などの不調につながります。
ミネラル
「無機質」とも呼ばれ、カラダの調子を整える役割を担っています。 カルシウム、鉄をはじめとする16種類が、人のカラダに不可欠な「必須ミネラル」と呼ばれています。
【カルシウム】
歯や骨をつくるのに不可欠で、血液や筋肉の働きにも関わる栄養素。とくに成長期のキッズ・ジュニア世代、全世代の女性は、欠くことなくとりたいものです。 不足すると、「骨折しやすい」「骨粗しょう症になる」「歯が欠ける」「イライラする」などの不調につながります。
【マグネシウム】
カルシウム同様、歯や骨を構成する栄養素。300種類以上の酵素の働きを助け、筋肉の収縮、神経情報の伝達などにも関わっています。 不足すると、「骨折しやすい」「骨粗しょう症になる」「イライラする」「疲れやすくなる」「冷え性になる」などの不調につながります。
【鉄】
血液中のヘモグロビンを構成する成分。全身に酸素を送り届けるという重要な役割を担っています。 とくに、成長期にあるキッズ・ジュニア世代、妊娠に関わるミドル世代の女性には必須です。 不足すると、「貧血になる」「めまいがする」「食欲が低下する」「元気が出ない」「疲れやすい」などの不調につながります。
食物繊維
水に溶けやすい「水溶性食物繊維」と溶けにくい「不溶性食物繊維」の2種があります。 人の消化酵素では消化されず、エネルギー源とはならないことから不要なものとされた時代もありましたが、消化されないことによる整腸作用効果、ひいては生活習慣病予防につながるものとして注目され、今では、「第六の栄養素」とも呼ばれています。 不足すると、「便秘になる」「太りやすい」「痩せにくい」「肌の調子がよくない」「生活習慣病のリスクが高まる」などの不調につながります。
たんぱく質
「カラダのありとあらゆる部分はたんぱく質からできている」といっても過言ではないほど、健康なカラダには欠くことのできない栄養素です。 逆にいえば、たんぱく質が不足すると、カラダにはさまざまな不具合が生じることに。「太りやすくなる」「痩せにくい」「肌の状態がよくない」「免疫力が低下する」ことをはじめ、チェック項目のすべての不調につながります。 また、キッズ・ジュニア世代はたんぱく質が不足すると、健全な成長を阻害しかねません。
[世代別]気をつけたい、こんな食生活
「新型栄養失調」にならないようにするには、毎日の食事のとり方が何より大切です。 時間がなくて朝食がとれない。 忙しくて、ついつい昼食を手軽なパンや麺類で済ませてしまう。 いつも同じような食材、調理法のものばかりを選んでしまう。 このような食生活が続くと、ある栄養素はとり過ぎるほどにとれているのに、ほかの栄養素はまったく足りていないという状況に陥りかねません。 この食事の偏りには、年齢、性別による特徴的な傾向も見られます。
キッズ・ジュニア世代
カラダが形成される時期であり、生涯を通してその人の健康を左右することにもなる大事な時期です。 この世代の栄養の偏りの大きな要因は、なんといっても「食べ物の好き嫌い」。 「食べてくれる」ことを最優先にした食事を続けると、炭水化物・たんぱく質・脂質といった栄養素はしっかりとれているのに、ビタミン・ミネラル・食物繊維など、野菜を食べることでととできる栄養素は不足する、というようなことが起こり得ます。 これにより、疲れやすかったり、イライラしたり、集中して物事にとり組めなかったりするなど、心身の不調が起こりやすくなります。
ミドル世代〖女性〗
女性のこの世代は、仕事、結婚、妊娠、出産、子育て…などなど、男性以上に人生において様々な変化が訪れる時期です。 さらに、経済協力開発機構(OECD)による調査で、日本人女性は世界で最も睡眠時間が短いとの結果が報告されているように、非常に忙しい毎日を送っています。 食事においても、 ゆっくり味わって食べる時間がなかなかとれない。 自分に必要な栄養よりも家族に必要なものを優先してしまう。 体形を気にして過度なダイエットを行ってしまう。 などにより栄養のバランスが崩れがちです。 妊娠・出産にもかかわる大事な時期。「ママの栄養状態が悪い」=「将来にわたって子どもの栄養状態、心身の健康状態に大きな影響を及ぼす」ことに繋がることを忘れずにいたいですね。
ミドル世代〖男性〗
ミドル世代とくに男性は、日々の慌しさなどから食事時間が不規則になったり、手軽なもの、同じようなものばかりを食べてしまいがちです。 朝食を抜く。 昼食はコンビニのおにぎりやサンドイッチ、立ち食いそば、カップラーメンなどの炭水化物が中心。 夜遅くに揚げ物やアルコールを口にする。 というような食生活になってはいないでしょうか。 このような食事が続くと、カロリー過多で、ビタミン・ミネラル・たんぱく質・食物繊維などの栄養素がまったく足りていない状況に。生活習慣病予備軍への道、まっしぐらです。
シニア世代
シニア世代になると、少しずつカラダを動かす機会が減り、筋力が衰えたり、噛む力が弱くなったり、代謝が落ちてきたりするなど、カラダに様々な変化が生じます。 それに伴い、 食べられる食事の量が減る。 肉や魚などのたんぱく質を食べるのが億劫になる。 カラダが栄養を吸収する力自体が落ちてくる。 など、栄養不足につながる状況が加速していくことに。 そうなると、ますます筋力は衰え、骨が弱くなり、ケガをしやすくなり、ひいては寝たきりになってしまうなど、「生活の質(QOL)」が著しく損なわれることにも。
家族の栄養バランス、チェックしてみましょう
バランスよく栄養をとるための近道は、家族の食生活の現状をきちんと知ることです。 以下の「生活・栄養状態チェックシート」を活用して、確認してみませんか。
生活・栄養状態チェックシート
一つでも該当する場合は栄養障害のリスクが高く、生活・食事を見直す必要があります。
【チェック項目】
- BMIが18.5未満または%IBWが90%未満である
- 最近、食欲がなく体重が減ってきている
- すぐにお腹がいっぱいとなり、1回の食事量が少ない
- 朝食や昼食を抜くなど、1日3食、食事がとれていない
- 食事がパンとコーヒーやかけうどんのみなど簡単にすませていることが多い
- 魚、肉、卵、大豆製品などのたんぱく質を多く含む食品のととが少ない
- 野菜のとと量が少ない
- 牛乳、ヨーグルトなどの乳製品や果物をとる習慣がない
- あっさりした食事ばかりを好んでしまう
- 油を使用した料理やマヨネーズ、ごまなど脂肪の多い食品の利用が少ない
- 間食をあまりしない
- 運動をする習慣がない
十分な栄養をとるとともに適度な運動をおこない、筋力を落とさないことも大切です。 - たばこを吸う習慣がある
喫煙は肺機能低下だけでなく食欲低下につながります。禁煙が原則です。
独立行政法人 環境再生保全機構ホームページより
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/copd/nutrition/07.html(最終閲覧日/2023年9月16日)
食生活の現状や傾向がわかったものの、どのような食事をすればバランスのよい栄養がとれるのか、ピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんね。 1日に「どのようなもの」を「どれくらい」食べればいいかの目安としては、以下の「食事バランスガイド」が参考になります。 毎日、毎日、この通りに意識して食事をするのは、なかなかハードルが高いかもしれません。今の自分や家族に必要なものを、1週間くらいのスパンで見て、無理なく調整するといいでしょう。
食事バランスガイド
[年齢別]1日分の食事 適量チェックチャート
厚生労働省ホームページより
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou-syokuji.html(最終閲覧日/2023年9月16日)
農林水産省ホームページより
https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/kakudaizu.html(最終閲覧日/2023年9月16日)
家族が元気で笑顔でいるために
「新型栄養失調」にならないために、日々の食事を工夫できるといいですね。 どの世代にも共通して言えるのは、まずは、朝食を抜くことなく、1日三食、きちんと食事をとることです。 そのためには、夜は早めに寝て質の良い睡眠をとるなど、規則正しい生活ができているかの見直しからはじめてみましょう。 もう一つ、旬の食材を上手にとり入れてみてはいかがでしょうか。 旬の食材は栄養価が高く、価格も安価なので、物価高騰が続いているなか、美味しく食べられる上に、家計にも嬉しいものだといえます。 同じ食材を「今日は煮込み」「今日は炒める」「今日は焼く」「今日は生で」というように、いろいろな調理法で料理するのもおすすめ。 たとえば、炒めると少ししかとれない栄養素が生だとしっかりとれるなど、ひとつの食材で、美味しく食べることと栄養をとることの調整が可能になります。
キッズ・ジュニア世代
この時期から、朝食を抜くことなく、1日三食、食事を取る習慣を身につけることが大事です。 朝が弱くてどうしても食べられないようなときでも、パンだけで済ませるのではなく、バナナなどの果物、ヨーグルトなど、不足しがちな栄養素が補給できるものを意識して準備しておくといいでしょう。 年齢が上がっていくほど、習いごとや塾など、子どもたちも忙しくなります。夕食もできるだけ孤食にならずに、家族と一緒に食べられるようにして、「食事は楽しい時間」だと感じられるようにしたいですね。
ミドル世代
コンビニ食、ファストフード、外食をする際には、炭水化物のみに偏った食事にならないようにしたいですね。 サラダなどの副菜を一緒に購入したり、定食にしたりするなど、出来るだけ「主食+主菜+副菜」の形になるように意識して食べましょう。 夕食が夜遅くになりそうなときには、不足しがちな栄養素が補えるものを、間食として適量食べておくと、食事量も抑えられて一石二鳥です。 ヨーグルト、ナッツ、ゆで卵などを昼食と夕食の間に食べるのがおすすめです。
シニア世代
食べることが億劫にならないような工夫をしましょう。 噛みやすいように食材を小さめに切る、とろみをつけて食べやすくする、一口分の量を少なめにするなど、とり入れてみてはいかがでしょうか。 また、慌てて食べないでいいように食事時間をゆっくりめにとる、食事と一緒に水分を多めにとることなども意識したいですね。 どうしても食が細くて食べる気がしないときは、たんぱく質など「足りていないな」と思う栄養素がとれる食材から優先して食べるのもいいでしょう。
これら各世代が、ひとつ屋根の下で生活するのが家族です。 どこかの世代のみにポイントを置いて食事を考えると、どうしても別の世代に栄養の偏りが生じてしまいがちに。 家族みんなの食生活を見て、何が足りていて、何が足りていないのか、日々の中で無理なく調整していけるといいですね。 また、おとなも子どもも、なにかと忙しく、孤食も増えている現代。食事が、単なる栄養補給の時間になってはいないでしょうか。 どんな世代にとっても「食事って楽しいね!」と思える時間にすること。これも、バランスよく栄養をとり、「新型栄養失調」にならないための大きな一歩かもしれません。